強いストレスは、真っ先に「考える脳」を落とす
強いストレスは、脳の中で最も高度な前頭前野の配線を一時的に切る。判断は反射と習慣に明け渡される。だから、平時に良い習慣を仕込んでおく。
神経科学・認知科学・心理学の論文を、日本語で紹介している。 動画で概要をつかんで、そのあと「で、どう生きるか」まで読む。 そういう場所にしたい。
なぜこれを作ったか読み込み中…
強いストレスは、脳の中で最も高度な前頭前野の配線を一時的に切る。判断は反射と習慣に明け渡される。だから、平時に良い習慣を仕込んでおく。
難問を一度抱えてから、頭を使わない単純作業を挟むと、あとでひらめきが増える。ただし、休んだり負荷の高い作業をしたのでは効かない。
脳の中には、床全体を等間隔の三角格子で覆う細胞がある。場所を覚えるのではなく、空間の座標系そのものを自分で引いている。
脳は写真を保存していない。「意味」まで潰してから保存している。
ゴールに向かって解くやり方は、作業記憶を使い切ってしまい、肝心の「型」を学ぶ余力を奪う。解くことと、学ぶことは別物だ。
後で見られると分かっている情報を、脳は保存しない。代わりに「どこにあるか」を保存する。
覚えたいなら読み返すな、思い出せ。しかも本人には、効いていない感じがする。
使った脳の部位は、大人になっても物理的に育つ。ただし、別の部位と引き換えに。
睡眠は記憶を保存する時間ではない。何を残すかを選別し、作り直す時間である。
同時に何本も走らせる習慣がある人ほど、要らない情報を無視できない。切り替えすら遅い。
有名な研究でも、もう一度やると同じ結果が出ないことがある。論文1本を根拠に生き方を変えない。
決め方を後から選べる状態でデータを見ると、偽陽性は5%では済まない。60%を超える。
意識して同時に扱える情報の量には、はっきりした上限がある。そこが人間の一番狭いところだ。
「有意」は「正しい」ではない。もとの当たりが少ない分野では、有意な結果ほど外れが多い。
p値は「効果が無いのにこのデータが出る確率」。知りたいのは逆で、そこは埋められない。
検出力が低いと、有意に出た結果ほど効果を大きく見せる。小さな研究は当たりも信用できない。
誰にでも当てはまる曖昧な文章を、人は「自分だけの診断」として受け取る。当たった感覚は、当たった証拠ではない。
心臓の高鳴りに、脳はその場でいちばんそれらしい理由を貼る。相手が魅力的なら、それは恋になる。
行動と気持ちが食い違うと、人は行動でなく気持ちのほうを書き換える。報酬が少ないほど、その書き換えは強い。
いったんレッテルが貼られると、その後のすべての行動が、レッテルを裏づける証拠として読まれる。
ドーパミンは快楽の信号ではなく「予想との差」の信号。予想どおりの報酬には、脳はもう反応しない。
使った脳は、大人でも物理的に育つ。そして使うのをやめると、育った分は縮んで戻る。
下手を見抜くのに必要な能力と、上手くやるのに必要な能力は同じ。だから下手な人は、自分の下手さに気づけない。
仕組みを説明しようとした瞬間、「分かっている」感覚は崩れる。馴染みを、理解と取り違えている。
ドーパミンが作るのは「欲しい」であって「好き」ではない。強く欲しても、手に入れて嬉しいとは限らない。
理屈は無事でも、感情の信号を失った人は、損な選択を繰り返す。判断は感情に支えられている。
記憶は録画ではない。あとから来た言葉や情報で、見たはずの光景そのものが書き換わる。
学習の総量が同じでも、間隔をあけて分けたほうが長く残る。一夜漬けは、最も損なやり方だ。
課題に集中すると活動が下がり、ぼんやりすると上がる領域がある。脳に「オフ」は無い。
起きているとき一緒に発火した細胞は、そのあとの睡眠中にも同じ組で再生される。脳は昼の経験を夜に反芻している。
一つに集中すると、その分だけ他が見えなくなる。しかも、見えていないことにすら気づけない。
一度に頭に保てる塊は7個前後。だが、何を1個と数えるかは、まとめ方で変えられる。
同じ額でも、失う痛みは得る喜びの2倍以上重い。人は損を避けるために、割に合わない賭けをする。
固定されたはずの記憶も、思い出した瞬間に不安定になり、書き直せる状態に戻る。
ある記憶を担う細胞の集まりを特定し、そこを光で刺激するだけで、その記憶を呼び起こせた。記憶には物理的な実体がある。
我慢は根性ではなく戦略。目の前の誘惑をどう「見ないか」で、待てるかどうかが決まる。
有酸素運動を1年続けた高齢者は、加齢で縮むはずの海馬が逆に大きくなった。運動は記憶への直接の介入だ。
「やろう」と思うだけでは動けない。「Xの状況になったらYをする」と具体的に決めると、実行率が跳ね上がる。
権威に命じられると、ふつうの人が、良心に反する行為をやり遂げてしまう。問題は性格でなく状況にある。
熟達を分けるのは練習の「量」ではなく「質」。ただし、練習で説明できる差は、思われているより小さい。
短期記憶は既存のシナプスの調整で足りるが、長期記憶には遺伝子が働き、新しい接続が作られる必要がある。
答えは目で見れば明らかなのに、周りが全員違う答えを言うと、人は多数に合わせて間違える。
使っていなくても、視界にスマホがあるだけで作業記憶が食われる。存在そのものが注意を引く。
意味も理由もなく、ただ何度も接しただけで、人はそれへの好感を強める。馴染みが、好みを作る。
前頭前野は、目標を保ち続け、それに沿って他の脳を導く。目標が揺らぐと、強い習慣や刺激に流される。
小さな選択と責任を与えられただけで、老人ホームの入居者は元気になった。統制感そのものが健康を左右する。
選択肢が多いほど良いとは限らない。多すぎると、人はかえって選ばず、選んでも満足度が下がる。
人は、嫌な出来事の後の落ち込みを長く見積もりすぎる。心には、自動で立ち直る仕組みがある。
海馬を取り除くと、新しい記憶が一切作れなくなる。だが昔の記憶と技能の習得は残る。記憶は一枚岩ではない。
睡眠中、脳の隙間が広がり、日中にたまった老廃物が洗い流される。眠りは脳の清掃時間でもある。
人は起きている時間の半分近く、目の前と別のことを考えている。そして、そのとき幸福度は下がっている。
自分の属する集団への負のレッテルを意識させられると、その不安が容量を食い、本来の実力が出せなくなる。
脳は入力を受け取るのでなく、絶えず予測し、予測との「ズレ」だけを処理する。見えているのは予想の産物だ。
仮説を検証するとき、人は「当てはまる例」ばかり探し、「反証になる例」を調べようとしない。
人の行動を、状況の力を軽んじて、性格のせいにしすぎる。この偏りを、著者は「根本的な帰属の誤り」と名づけた。
「発散すればスッキリする」は逆だった。怒りをぶつけるほど、怒りも攻撃性も強まる。
恐怖には、意識を経ずに扁桃体が体を反応させる速いルートがある。反応が先、理解が後になる。
視界の多くは、脳の限られた処理を奪い合っている。注意とは、勝たせたいものに肩入れする働きだ。
記憶に残るかどうかは、時間や反復より「どれだけ深く意味を処理したか」で決まる。
人が感じるリスクは、実際の確率とずれる。制御できず、未知で、恐ろしいものほど、過大に恐れられる。
関連語を並べて聞かせるだけで、提示されていない「核心の語」を、確信をもって思い出してしまう。
脳は体の内部状態も予測している。感情は、体からの信号そのものより、脳の予想に強く形づくられる。
誰もが「自分は他人より偏っていない」と思っている。バイアスは、他人には見えるが自分には見えない。
人の合理性には限界がある。すべてを比べて最適を選ぶのでなく、基準を満たせば決める「満足化」で動く。
学習でシナプスを強めるだけだと暴走する。脳は全体の活動量を一定に戻す仕組みで、安定を保っている。
記憶は、覚えたときの文脈と一緒に蓄えられる。思い出せるかは、その文脈が再現されるかで決まる。
自分の態度を、内面を覗いて知るとは限らない。自分の行動を外から観察して、後から推し量っている。
緊急事態にいる人が多いほど、助けが遅れる。「誰かがやるだろう」で責任が分散する。
海馬には、特定の場所にいるときだけ発火する細胞がある。脳は、世界の地図を細胞で持っている。
社会的に排除されたとき、脳は身体の痛みと同じ領域を活動させる。「心が痛い」は比喩ではない。
感情は、体の高ぶりと、それを説明する状況の解釈から組み立てられる。高ぶりの意味は後づけで決まる。
授業中にPCで別のことをすると成績が下がる。しかも、その画面が見える隣の席の人まで巻き添えになる。
ストレスと脳の働きは逆U字。適度な負荷は力を引き出すが、慢性的・過剰なストレスは脳を削る。
創造性は、無から生まれる才能でなく、普通は結びつかない遠い要素どうしを、有益な形でつなぐ力だ。
「◯◯があれば幸せか」と考えた瞬間、その◯◯を過大評価する。注目したものは、いつも実際より重く見える。
承諾を引き出す原理は、返報性・一貫性・社会的証明・好意・権威・希少性の6つに整理できる。営業も詐欺も同じ道具を使う。
自分が動くときと、他人が同じ動きをするのを見るときに、同じ脳細胞が発火する。理解は模倣に根ざす。
言語は、世界の捉え方に影響する。時間を縦で語る言語の話者は、時間を縦に考えやすかった。
人は、自分の判断の本当の理由に気づけないことが多い。それでも、もっともらしい理由をすらすら語る。
同じ映像を見ても、どちらを応援しているかで、見える反則の数が変わる。人は世界を、立場を通して見ている。
「何もしなければどうなるか」の初期設定が、人の選択をほぼ決める。放置される選択肢が、実質の答えになる。
良い類推は、見た目の似ている点でなく、関係の構造を写す。表面の類似に頼ると、たとえは滑る。
他人の考えや意図を推し量るとき、決まった脳の領域が働く。心を読むのは、専用のしくみを使う能力だ。
思春期は、報酬を求めるアクセルが先に育ち、抑えるブレーキが後から育つ。無謀さは意志でなく発達の時間差だ。