脳と心理と、その使い方

全員が間違った答えを言うと、自分の目より多数を信じる

同調圧力とアッシュの同調実験

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一言でいうと

どの線が見本と同じ長さか——答えは一目で分かる。だが、同席した他の全員(実はサクラ)が、口を揃えて間違った線を選ぶと、被験者の多くが、自分の目に反して多数派に合わせた。明白な事実を前にしてすら、人は集団の圧力に屈する。

論文が実際に言っていること

被験者は、視覚の課題だと説明されて、数人のグループで席につく。見本の線を見て、3本の比較線から同じ長さのものを選ぶ。答えは明白で、一人でやればほぼ全員が正解する簡単な課題だ。

仕掛けは、被験者以外の全員がサクラだということ。何回かの試行のあと、サクラたちは、示し合わせて全員が同じ間違った線を、自信たっぷりに選び始める。被験者は最後のほうの順番で、全員の答えを聞いた後に自分が答える。

結果、被験者の約3分の1が、少なくとも一定の割合で、明らかに間違った多数派の答えに合わせた。1回でも同調した人は、全体の7〜8割にのぼった。自分の目にはっきり見えているのに、である。

面白いのは、対照実験だ。サクラの中に一人でも、正しい答えを言う「味方」を混ぜると、同調は劇的に減った。孤立した一人が多数に抗うのは難しいが、たった一人の同志がいるだけで、人は自分の判断を保ちやすくなる。また、答えを口に出さず紙に書かせると、同調は減った。圧力は「公然と表明する」場面で最も強い。

だから、どう生きるか

「みんながそう言っている」を、正しさの証拠にしない。

これがこの研究の芯だ。多数派の一致は、それ自体が強い引力を持つ。自分の目や判断がはっきりしていても、周りが揃って別のことを言えば、自分のほうが間違っているのでは、と揺らぐ。だから、意見が全会一致に見えるときこそ、いったん立ち止まる。全員が同じ方向を向いているのは、それが正しいからか、それとも同調の連鎖が起きているからか。一致は、真実の印とは限らない。

「最初の一人」の価値を知る。

味方が一人いるだけで同調が激減した、という結果は重要だ。集団が明らかにおかしい方向へ進んでいるとき、最初に声を上げる一人は、単に自分が抗うだけでなく、他の人が抗う余地を作る。逆に、自分が異論を持っているとき、それを口に出すことは、同じ違和感を抱えて黙っている誰かの支えになる。沈黙は同調を強め、一つの異論は連鎖を断つ。

AIやアルゴリズムが作る「総意」に、この目盛りを当てる。

いまの文脈では、こう延ばせる。SNSのトレンド、AIが要約する「一般的な見解」、レビューの平均点——これらは、多数派の声を凝縮して、あたかも唯一の正解のように差し出す。アッシュの部屋のサクラが、アルゴリズムによって桁違いに増幅された状態だ。表示された「みんなの答え」に自分の判断を明け渡す前に、それが本当に各自の独立した判断の集まりなのか、それとも同調の増幅なのかを疑う。

ここからは僕の飛躍だ

この実験は、答えが客観的に明白な知覚課題で行われた。意見や価値観のように、そもそも正解が曖昧な事柄では、同調の意味も度合いも変わる。時代や文化による差も報告されており、「3分の1」を普遍の定数として扱うのは行き過ぎだ。

「AIの総意を疑え」は、この知見を今の情報環境に延ばした僕の解釈で、1956年のこの論文が述べていることではない。

それでも、明白な事実を前にしてすら多数派の圧力に屈する、そして一人の同志がそれを覆す、という中核は、社会心理学の頑健な発見だ。権威への服従を扱ったミルグラムと並べて読むと、人がいかに状況に流されるか、そして流されない足場をどこに置くかが見えてくる。それがこの一本の使いどころだと思う。

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