読み返すのは、ほとんど無駄だった
テスト効果と想起練習
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一言でいうと
同じ文章を、繰り返し読み返した学生と、一度読んでからテストを受けた学生を比べた。5分後にはテスト組のほうが成績が悪い。しかし1週間後には、完全に逆転する。さらに悪いことに、学生自身の予想は最後まで逆のままだった。
論文が実際に言っていること
学生に科学的な文章を読ませ、その後を2群に分けた。片方は同じ文章をもう一度読む(再読)。もう片方は文章を伏せて、思い出せる限り書き出す(テスト)。
5分後に測ると、再読した群のほうがよく覚えていた。テストは、直後の成績では負ける。
1週間後にもう一度測ると、順位が入れ替わった。テスト群は約61%を保持していたのに対し、再読群は約40%まで落ちていた。学習にかけた時間は同じである。
そして、学生に「1週間後にどれくらい覚えていると思うか」を予想させると、再読群のほうが自信が高かった。実際には負けるほうが、手応えを感じていた。
つまり、主観的な学習の手応えと、実際に残る量は逆を向くことがある。
だから、どう生きるか
復習を「読み返す」から「思い出す」に置き換える。
やることは単純だ。本を閉じる。ノートを閉じる。画面を消す。そして、何も見ずに、今読んだ内容を書き出すか、声に出して説明する。詰まったところが、まだ入っていないところだ。
これは気持ちよくない。読み返しは滑らかに進むので、進んでいる感じがする。思い出す作業は途中で止まるので、できていない感じがする。その不快感こそが、効いている証拠だと思ったほうがいい。この研究がいちばん怖いのは、手応えのほうが嘘だと示している点にある。
AI に要約させて読むのは、再読である。
これは 2006 年の論文だが、今のほうが刺さる。AI に「要約して」と頼んで、出てきた綺麗な文章を読む。理解した感じがする。しかしそれは、滑らかに読み返しているのと同じ構造だ。
順番を変えるだけでいい。先に自分で説明を書く。その後で AI に「どこが抜けているか指摘して」と渡す。同じ道具で、再読が想起練習になる。
ここからは僕の飛躍だ
この実験の課題は散文の記憶である。試験勉強にはほぼそのまま効くと思うが、技能の習得や、答えの決まっていない仕事に同じ比率で効くかは、この論文からは言えない。
「AI に要約させるのは再読と同じ」も、僕がつないだ話だ。構造は似ていると思うが、実験で確かめられてはいない。
ただ、確かめられているほうの話——思い出す作業をした量だけ残り、しかも本人はそれに気づけない——は、それだけで十分に行動を変える価値があると思う。
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